長崎県弁護士会

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長崎県弁護士会 会員 樋口聡子

 

 令和6年9月26日に静岡地裁から袴田巌氏に対して言い渡された再審無罪判決は、検察当局が控訴権を放棄し、10月9日に確定しました。
 判決は、有罪の決め手とされてきた、自白・5点の衣類・ズボンの共布とされる端切れについて、いずれも捜査機関に捏造されたものとし、これらの証拠を排除した結果、袴田氏が犯人であるとは認められないと判断したものです。
 逮捕当時30歳だった袴田氏は、今や88歳です。袴田氏が逮捕され、再審無罪が確定するまで、実に58年もの年月が流れました。無罪の言渡しの後、裁判長は、ここまで長い時間がかかったことを謝罪しました。なぜ、再審はこんなにも長期化してしまうのでしょうか。
 その大きな原因として、現行法に再審の手続をどのように進めるかという具体的な規定が無いことがあげられます。そのため、いつまでに何をするかなどの審理の仕方が各裁判所の裁量となり、担当した裁判所によって差が生じる「再審格差」が問題となっています。
 また、証拠開示に関する規定もありません。袴田事件では、死刑判決確定から30年も経過した第2次再審請求時に、約600点もの証拠が検察側から開示されました。その中には、再審開始及び再審無罪の判断に大きな影響を与えた5点の衣類のカラー写真など重要な新証拠がありましたが、これらの証拠は第1次再審請求時には、開示をする法的根拠がないということで一切開示されませんでした。証拠開示を義務付ける規定がありさえすれば、開示するか否かで延々争う必要が無くなるのです。袴田事件の第1次再審請求は、死刑判決が確定した翌年に申し立てられていますが、再審法に証拠開示の規定があったならば、袴田氏はもっと早くに救済され、長期の拘禁により心身を破壊されることはなかったかもしれません。重篤な拘禁反応による精神障害は、現在も残ったままです。
 更に、長期化の原因として、再審公判手続の前段階となる再審開始決定にまで、検察官の不服申立てを認めていることがあげられます。再審請求審は非公開ですが、元々裁判は公開が原則です。再審開始決定が出た場合には、非公開の再審請求審で延々争うのではなく、公開裁判たる再審公判にて争う方が、本来あるべき裁判の姿といえます。日本の再審法のルーツであるドイツでは、半世紀も前に再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを法で禁止しました。袴田事件では平成26年に再審開始決定がなされましたが、検察官の不服申立があり、再審公判が開かれたのは令和5年です。再審開始決定に対する検察官の不服申し立てが禁止されていれば、既に9年前には再審公判が開始されていたことになります。
 冤罪は決して起きてはならない重大な人権侵害です。しかし、裁判とは人が人を裁くものである以上、あなたやあなたの大切な人にも起きる可能性があるのです。法の不備によって冤罪被害者の迅速な救済が妨げられることなど、あってはならないことなのです。
 現在、全国の多くの自治体からの決議や意見書が国に対して提出されたり、300名を超える国会議員でつくる超党派の議員連盟から法務大臣に対して法改正を求める要望書が提出されたりと、再審法改正を求める大きな動きが起きています。冤罪被害者の迅速な救済のため、今こそ、手つかずのままになっている再審法の速やかな改正を望みます。

 

(2024年10月21日 長崎新聞「ひまわり通信・県弁護士会からのメッセージ」より抜粋)