長崎県弁護士会 会員 鷲見賢一
「被告人を懲役5年に処するのを相当と思料します!」「被告人は無罪です!」――法廷に検察官と弁護人の大きな声が響きます。とはいっても、検察官と弁護人は、どちらも高校生。模擬裁判の一コマです。
長崎県弁護士会では、毎年、県内の高校生を対象とした模擬裁判選手権を開催しています。参加する高校の生徒たちが弁護人役や検察官役となり、架空の事件を題材とした刑事模擬裁判に挑みます。模擬裁判では、実際の刑事裁判でも行われる「論告」や「弁論」を、生徒たちが披露。実演がもっとも優れていた高校が長崎県代表校となり、佐賀県代表校との決勝戦に進みます。
この模擬裁判の「売り」は「本物」に触れられること。参加生徒は本物の弁護士と検察官から支援を受けながら、裁判での実演に備えます。そして裁判所の協力により、実演は本物の法廷で行われます。
参加生徒たちも本気です。あらかじめ、資料をしっかりと読み込み、仲間と徹底的に議論をします――主張を裏付ける証拠はあるか、説得力を増すにはどうしたらいいか。そして、プレゼンテーション用のスライドを緻密に作り上げます。
こうして準備万端で臨む模擬裁判当日、生徒たちは緊張しながらも、素晴らしい実演を見せてくれます。法的思考を養い、大きな成長を遂げた生徒たちの姿に、審査員が「とても高校生とは思えない」「駆け出しの弁護士より優れている」と驚くことも少なくありません。最後に勝敗は分かれますが、どの参加校も充実感や達成感を味わい、たくさんの生徒が「参加して良かった」と感想を残してくれます。
さて、この模擬裁判で大切にしていることがあります。それは、“聴く力”を育てるということです。
裁判といえば丁々発止の応酬で、雄弁さがモノをいう――そんなイメージからすると、“聴く力”というのは意外に思われるかもしれません。しかし、裁判での主張を組み立てるにも、まずは当事者の話を聞き、心情を酌み、事実関係を確認しないことには始まりません。そして、裁判で自分の意見を言いっぱなしでは、議論が噛み合いません。対立当事者の言い分にも耳を傾けなければ、真に説得力のある主張は展開できないのです。
このように、弁護士などの法律家にとって、聴くということは非常に大切なスキルです。
もちろん法律家を志望する生徒ばかりではないですが、“聴く力”は社会のあらゆる場面で求められます。とくに情報技術が発達し、誰でも容易に情報発信ができる昨今、ともすれば視野の広さや丁寧な裏付けが軽んじられ、独善的でインパクト重視の情報に群がる危険が存在します。そんな今だからこそ、多様な声にきちんと耳を傾け、多角的にものごとを見ようとする姿勢の涵養が、社会の健全な発展にとって不可欠だといえます。
模擬裁判で、違う意見の人とも対話を重ねることや、証拠にもとづき主張することの大切さを学んだ高校生たちが、将来、さまざまな場面で議論を牽引し、民主的な社会の良き担い手となってくれることを、私たちは願っています。
(2025年5月18日 長崎新聞「ひまわり通信・県弁護士会からのメッセージ」より抜粋)