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第1 声明の趣旨

 当会は、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)が規定する概要書面及び契約書面に関し、オンライン取引における書面交付義務の拙速な電子化に反対するとともに、オンライン取引における消費者被害に対する実効性ある規制強化を求める。

 

第2 声明の理由

  1.  オンライン取引における特商法の書面交付義務の電子化に向けた動き
     規制改革推進会議第3回成長戦略ワーキング・グループ(以下「ワーキング・グループ」という。)は、2020年(令和2年)11月9日の会議において、オンライン英会話コーチの取引が書面の郵送交付の義務があるためオンラインで完結しないという事例を取り上げ、特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)における特定継続的役務提供に関し、オンライン上の契約については概要書面及び契約書面の電子交付を可能とすべきことを問題提起した。これに対し、消費者庁は、消費者保護の観点から電磁的方法による送付を希望しない又は受領できない消費者の利益の確保も図る必要があること等を指摘しながらも、「デジタル化を促進する方向で、適切に検討を進めてまいりたい。」という方針を回答した。
     なお、前記ワーキング・グループの会議では、オンラインによる特定継続的役務提供の事例を取り上げて議論がなされたが、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引についても同様の議論が予想されるので、以下ではこれらを含めて検討する。

     

  2.  特商法の書面交付義務の意義
     例えば、特定継続的役務提供(特商法41条、政令11条・12条・別表第四)は、英会話指導、パソコン教室、結婚相手紹介サービス、エステティックなど、受けてみなければ内容の適合性が判別困難な無形のサービス提供を長期多数回まとめて契約する類型であるため、契約内容が不明確かつ複雑になりがちである。また、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、会員拡大による利益収受や提供された業務による利益収受を勧誘文句としつつ経済的負担を求める取引の仕組みであるため、儲け話に惹かれて経済的な負担金額や利益収受の困難性等について冷静に検討しないまま契約締結に至るおそれが強い。
     そこで、特商法は、特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引については、店舗取引や通信販売の場合を含めて、契約締結時に契約内容の重要事項を記載した「契約書面」を交付する義務(特商法42条2項、37条2項、55条2項)を課すだけでなく、契約締結前の勧誘段階においても契約内容の重要事項を記載した「概要書面」を交付する義務(特商法42条1項、37条1項及び55条1項)を定めている。これによって、消費者は、勧誘を受ける場面において交付された概要書面により正確な契約内容を確認しながら契約を締結するか否かを判断することができ、さらに契約締結後に冷静になって契約内容を再確認した上で、8日間又は20日間の猶予期間において、契約を維持するか解消するかを考え直すことができるのである(いわゆるクーリング・オフ)。
     さらに、特定継続的役務提供、連鎖販売取引及び業務提供誘引販売取引は、長期間の契約関係が継続することが通例であるため、契約締結後しばらくして契約内容と履行状況の適合性が問題となる事態が生じやすい。そこで、書面交付義務により消費者が手元に保存しておくことができ、債務不履行や契約不適合の有無等を判断する資料を確保することができる。加えて、特定継続的役務提供及び連鎖販売取引は、消費者に対し契約関係継続途中に理由を問わない中途解約権が強行規定として付与され、違約金の上限規制が設けられている(特商法49条)。こうした中途解約権等の消費者の権利の存在を告知する意義も重要である。
     このように、特商法が定める契約書面及び概要書面の交付義務は、消費者保護の観点から重要な意義を有している。

     

  3.  書面交付義務の電子化により予想されうる弊害
     一般に、契約書面又は概要書面は契約内容が1枚の書面に記載されて一覧性があるため、商品名・数量・金額・販売業者名・住所・電話番号・解除権の内容等の重要な記載事項を確認することは比較的容易である。
     これに対し、スマートフォンは10cm弱×10cm強の画面にとどまるため、契約内容を確認するためには、画面のスクロールや拡大の操作によって積極的に探さなければ必要な情報を確認することができない。どのような事項が記載されているかの予備知識がなければ、必要な契約条項を探し当てることは容易ではない。
     また、特商法の書面交付義務は、概要書面及び契約書面の記載内容及び記載方法についても具体的に規定しており、クーリング・オフについては、赤字・赤枠・8ポイント以上の活字により、無理由かつ無条件の解除権の要件と効果を具体的に記載しなければならない(特商法施行規則6条等)。これは無理由かつ無条件の解除権が付与されていることを積極的に消費者に告知する機能を確保するものであり、予備知識のない消費者でも、契約書面を開いて一覧すれば、赤字のクーリング・オフの記載を容易に発見できるようにしている。
     これに対し、スマートフォンの画面で契約条項を掲載する場合、8ポイント以上の活字の大きさを確保することは不可能である。文字を拡大し、スクロールして探さなければ確認できない状態では、クーリング・オフの告知機能を果たしたとはいえない。仮にPDF等により書面として印刷できる設定であったとしても、消費者によってプリンターを保有しない場合もあるし、機種によっては赤字の印刷ができない場合もある。したがって、書面の電子化によってクーリング・オフの告知機能を確保することはできない。
     これらに関連して、消費者庁は、ワーキング・グループの会議において、「消費者保護の観点から電磁的方法による送付を希望しない又は受領できない消費者の利益の確保も図る必要がある」旨の留意事項を示している。これは、事業者が電磁的方法による情報提供を行うについて、消費者の事前の承諾を要件とする方法を想定しているものと考えられる。
     しかしながら、仮に事前の承諾を要件とする方法を採るとしても、すべての消費者が上記のような概要書面及び契約書面の意義・重要性を充分に認識しているとは必ずしも言えないのが現状である。そのため、仮に消費者が予め電子交付を承諾したとしても、当該消費者が上記の書面の意義・重要性及び電子交付によることの弊害を充分に理解したうえで承諾したのかについては大いに疑問があると言わざるを得ない。
     特に、ウェブサイト画面で契約の申込をする手順の中で、入力画面の中に電磁的方法による情報提供を「承諾する」との欄にあらかじめチェックが入っている設定を認めるならば、そのことの意味を十分に認識せずに承諾した状態で申込に進むことが大半となるであろうことが懸念される。加えて、社会的経験が不足する若年者やオンライン取引に疎い高齢者等に関しては、たとえ自ら承諾欄にチェックを入れていたとしても、上記の点を充分に理解しないまま、よく検討せずにチェックを入れてしまうことも充分に想定される。

     

  4.  結語
     当会は、特商法上の概要書面及び契約書面は別として、一般論としては書面電子化の有用性を否定するところではないが、特商法上の書面については慎重にその是非を検討する必要がある。すなわち、高齢者や若年者等の消費者がその弊害を充分に認識しないまま概要書面や契約書面の電子交付を承諾してしまい、後日不利益を被るおそれがあるうえ、オンライン取引において一定割合の悪質商法が存在していることもまた否定できない事実であり、これらの悪質業者が概要書面や契約書面の電子交付を悪用するおそれもある。
     よって、当会は、オンライン取引における特商法の書面交付義務の拙速な電子化に反対するとともに、オンライン取引における消費者被害に対する実効性ある規制強化を求める。

     

2021年(令和3年)1月12日

長崎県弁護士会            
 会長 中 西 祥 之

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