長崎県弁護士会

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  1. 提出予定法案の内容

     今般、政府は、組織犯罪処罰法を改正し、過去3度廃案となった「共謀罪」について「テロ等準備罪」と名称を改めたうえで、現在開催中の国会に提出することを検討している旨報道されています。この「共謀罪」は、 政府が2003年から2005年にかけて3回に渡り国会に提出したものの、日本弁護士連合会や野党の強い反対で廃案となったものです。

    報道によれば、政府が提出する予定とされる法案(以下「提出予定法案」という。)では、適用対象となる団体を「組織的犯罪集団」とし、さらに、犯罪の「遂行を二人以上で計画した者」を処罰することとし、その処罰に当たっては、「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」という要件を付したとのことです。

     

  2. 提出予定法案の問題点

     確かに、本当の意味でのテロ等組織犯罪は、未然に防止しなければなりません。

     しかし、この法律はそもそも国際組織犯罪防止条約締結のためのものであるところ、同条約は経済的利益を目的とする組織犯罪を対象としており、テロ対策とは直接の関係はありません。今回の提出予定法案が日本に対するテロリズムの脅威の具体的分析に基づいて得られた立法事実に基づくものであるか否かは不明です。

     また、現在の法律でも、テロ行為の内容となる爆発物や銃器の取り扱いについては、既に共謀罪や準備罪がありますし、組織的な殺人の予備行為も処罰対象となっており、テロ等犯罪が発生する前に未然に防止するための措置は一定程度講じられています。さらに、日本が締結したテロ防止関連条約は13あり、国内法の整備もなされていることからすれば、屋上屋を重ねる必要性がどれほどあるかは疑問です。

     加えて、提出予定法案については、次に述べるように、多くの問題があります。

     

    1. (1) 適用対象を明確にしようがなく限定しようがないこと

       まず、「組織的犯罪集団」とは、「その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪等を実行することにある団体」と定義されていますが、定義自体曖昧であり、明確にしようがありません。「組織的犯罪集団」に該当するかは捜査機関が認定し立件することになるため、捜査の対象となる団体が際限なく拡大される危険性は払拭できず、単なる「団体」を処罰するとした旧法案と変わりありません。犯罪の構成要件が曖昧となることは、構成要件の人権保障機能を害し、罪刑法定主義に反します。

       また、提出予定法案の「準備行為」には「犯罪の実行のための資金又は物品の取得」に加えて「その他」の行為も含まれており、現行法の予備罪・準備罪における予備・準備行為よりさらに前の段階の、それまで犯罪とされていなかった、それ自体危険性のない行為を犯罪化するとともに幅広く含むこととなり、適用範囲を限定したと考えることはできません。

       

    2. (2) 適用対象が広範に過ぎること

       加えて、計画行為の対象となる犯罪は600以上あり、広範な犯罪が対象となっています。その中には、万引き(窃盗)、公衆トイレへの落書き(建造物損壊)なども含まれ、おおよそ「テロ等準備罪」の名称にそぐわないものまでもが広範に対象となってしまいます。このように、提出予定法案は、これまで予備罪・準備罪が犯罪として成立していなかった犯罪類型までをも広く処罰するものであり、600以上の「テロ等準備罪」が新たに作られることになります。

       この点、政府は、対象となる犯罪を300程度に絞り込むと報道されています。しかし、これは、国際組織犯罪防止条約の締結には「重大な犯罪」について条約の留保ができないとする政府の説明と矛盾します。

       

    3. (3) 日本の刑事法体系の基本原則と矛盾・衝突すること

       さらに、犯罪の「遂行を二人以上で計画」とは、結局のところ犯罪の合意にほかなりません。提出予定法案の「準備行為」は処罰条件に過ぎませんので、「共謀罪」から名称を変更したところで、行為より前の合意だけで犯罪が成立し、これを処罰の対象とすることには変わりはありません。これは、内心を処罰の対象とせず、犯罪の実行行為があって初めて犯罪として成立させる日本の刑事法体系の基本原則と矛盾・衝突します。

       しかも、対象となる犯罪は、600以上ときわめて広範にわたるもので、矛盾・衝突がさらに拡大します。例えば、刑法典では予備にすら至っていない共謀段階において処罰の対象とされる犯罪が93となります。この数は、刑法典で未遂が処罰される68よりも多く、しかも、未遂すら処罰されないのにそれ以前の共謀の段階で処罰されるものが44となるのです。

       

    4. (4) 思想良心の自由・表現の自由を委縮させること

       提出予定法案が成立すれば、捜査機関の捜査の対象は、計画や合意の存否・内容となるため、広く、個人の会話や電話、電子メールといった人の内心・意思を表明する日常的なやりとりに及ぶことになり、国民の日常生活が国家の監視の対象となりかねません。

       このようなことが許される社会では、共謀罪の構成要件が不明確なことと相俟って、国民は自由に意見表明もできない、ものが言えない社会になり、集会・結社の自由や国民の知る権利等の表現の自由(同21条)が侵害され、民主主義の過程が傷つけられることになります。

       

  3. 結論

     以上のように、提出予定法案は、組織的犯罪集団を定義し、準備行為を処罰の要件としたことによってもなお、処罰の範囲を明確にしようがなく、また広範に過ぎ、何が処罰の対象となるのか不明であり、行為を処罰するというわが国の刑事法体系の基本原則と矛盾・衝突し、加えて、憲法が定める罪刑法定主義や表現の自由といった基本的人権の保障と深刻な対立を引き起こすおそれが高く、民主主義の過程を傷つけることになるといった問題があります。

     よって、当会は、政府の提出予定法案に強く反対します。

     

2017年(平成29年)2月14日

長崎県弁護士会
会長 梶 村 龍 太